アルツハイマーよもやま話ー研究者・医師のブログ

認知症研究者・医師のブログです。

運動で増える生理的因子イリシンにはアミロイドβの分解促進作用がある

運動が、認知症の予防に重要なことはよく知られているのですが、そのメカニズムはまだ十分解明されていません。最近、運動によって生体内で増える因子イリシンが、アミロイドβを減らす作用を持つということが報告されていたのですが、イリシンの作用機構は不明のままでした。

この問題について、昨年ハーバード大学の研究グループが興味深い報告をNeuronという一流雑誌に発表しています。それによると、イリシンは、アストロサイトというグリア細胞に作用して、アストロサイトからネプリライシンというアミロイドβの分解酵素の分泌を促進します。アミロイドβは、主に神経細胞により産生され、細胞外に存在しているものですが、ネプリライシンが増えることにより、アミロイドβの分解が増えて、アミロイドβの量が減少するということが明らかにされました。そして、イリシンはアストロサイトの膜にあるインテグリンαV/β5 という受容体を介して作用しているらしいということもわかりました。

この研究は、イリシンが脳内においてアミロイドβの分解促進を起こすということを強く示唆しています。

運動によって、イリシンを増やせば、アミロイドβが脳内に溜まることを防ぐことができるかもしれず、認知症予防における運動の重要性を再認識させる研究成果といえそうです。

 

参考文献: Lourencoら Trends in Endocrinology & Metabolism 2024

認知機能テストMoCAの得点はMCI(軽度認知障害)と認知症でどう違う?

認知機能テストでもっともよく使われているのがMMSEというもので、短時間でできるので、便利です。しかし、天井効果というものがあり、軽度認知障害(MCI)の人は、かなり高得点をとるので、MCIの診断には不向きです。

そこで、MoCAというテストが考案されて、比較的よく使われています。このテストでは天井効果がみられないので、MCIの診断にはとても有用なものです。正常は26点以上(30点満点)ということになっています。

私は診療で、このMoCAをよく患者さんにやってもらっていますが、認知症とMCIの区別とか経過の評価にもかなり役立つと感じています。

MMSEとMoCAの点数の関係について、詳しく調べている論文によると、MMSE24点がMoCA17点に対応するということです。そしてMCI患者300人の平均点は MMSE27.8、MoCA23.4でした。一方、認知症患者100人の平均点は MMSE20.3、MoCA15.3でした。

おおまかにいうと、MoCAの点数が18点以上25点以下であればMCIと考えてよく、16~17点以下では軽度な認知症と考える方がよいということになりそうです。しかし、MoCAの点数だけでは判断はできないもので、臨床症状や経過、年齢などから総合的に判断しなければいけないということはいうまでもありません。

 

下記の論文を参考にしました。

 Trzepaczら BMC Geriatrics 2015

 

 

 

アデュカヌマブの撤退について思うこと

2月1日に、バイオジェン社がアルツハイマー病の新薬アデュカヌマブの研究と販売を取りやめたということが日本でも報道されました。それで、第4相の臨床試験も途中で中止されることになり、今後アデュカヌマブが臨床で使われることはなくなったといえそうです。

バイオジェン社は、撤退の理由として、資金の調達ができなかったことが最大の要因としています。今後は、レカネマブの販売と、タウを標的にした新薬の開発の方に、リソースを集中させる予定ということです。

それにしても、第4相の臨床試験の実施をはじめる前に、もっと早く見切りをつけることはできなかったのか、その辺りは理解に苦しむ気がします。

アルツハイマー病の新薬競争からアデュカヌマブが脱落して、今後は、しばらくレカネマブとドナネマブの2強の争いとなりそうです。

 

参考記事:米バイオジェン アデュカヌマブの開発・販売を中止 レケンビや新規AD薬候補にリソース再配分 | ニュース | ミクスOnline (mixonline.jp)

認知症の告知の難しさについて

新患の患者さんが認知症と診断された時に、ご本人へどう説明するかということはいろいろ複雑な問題をはらんでいます。

この時にご本人にどういう説明をするのがよいのかについて、まだ専門家の間でも結論が出ていないように感じます。

あまりはっきりと告知してしまうことで、抑うつなどの悪影響がでることもありえます。しかし、問題があるのに、それを言わずにあいまいのままにしておくのも、患者さんの治療へ向かおうという気持ちが起こらないために、それも好ましくはありません。

私は多くの場合、ある程度は「認知機能に問題があります」ということを言うようにしています。そして、その原因としてどういうことが考えられるのか、どう対処すればよいのかについて、できるだけわかりやすく説明をします。

軽症の人には、「認知症」という言葉はなるべく使わないようにするか、「疑い」というぼかし方をするというのが実情ですが、やはりケースバイケースということになります。

以前、軽度認知障害という診断をはっきりと述べた患者さんが、障害という言葉を聞いて傷ついてしまったということがあり、それからはMCIか軽度認知異常を使うようになりました。

この告知の問題は、悩ましい問題なのですが、認知症薬を使う場合は、「認知症」という直接的な言葉は避けながらも、ある程度はっきり言う方が良いように感じています。

習字は軽度認知障害に対して良い効果をもたらす

軽度認知障害(MCI)の高齢者に対して、習字が有効かもしれないということが言われているのですが、そのことを実際に調べる研究が台湾で行われて、論文として報告されています。

それによると、MCIと診断された30人を対象として、週2回 1回1時間 漢字の習字の稽古を8週間実施しました。

その結果について、自己申告アンケートにより、調査をしたところ、感情の安定、認知力、上肢の協調運動、注意力、言語の5項目ですべて改善が認められました。また、MMSEの成績でも改善傾向が認められたということです。

この研究は、8週間という短期間のものなので、長期間ではどうなのかについては、データがありません。しかしながら、習字という比較的簡単で、なじみのある活動によって、MCIの人の認知機能がよくなり、感情が安定し、動作、注意、言語なども回復するという、メリットがあるようです。

軽度認知障害の方に対して、習字療法は有効なものとして、おすすめできると思います。

 

下記を参考にしました。

Hsiao ら、Int. J. Environ. Res. Public Health 2023